育児に疲れたママが、子どもとの心のつながりを取りもどすには
母親の疲れには、ひと晩ぐっすり眠っただけでは戻らない、骨の奥までしみこむような種類のものがあります。からっぽのまま走りつづけていると、子どもにあげたいと思っている、あたたかくて根気づよい関わりが、あと少しのところで手に届かない。そのうえ、そんな自分への罪悪感が、すべてをいっそう重くします。もし今そんな場所にいるなら、どうかゆっくり読み進めてください。つながりを取りもどす一歩は、もっとがんばることではなく、今の自分の状態を正直に認めることから始まります。
疲れを、正直にことばにする
母親は、どこまでも与えつづけることをほめられがちです。だからこそ、もうからっぽだと認めるのがむずかしくなります。でも、手もとにないあたたかさは注げません。疲れているときに、気持ちが平らになる、いらいらする、子どもを遠く感じる。それは性格の欠点でも、愛情が足りないしるしでもありません。すり減った体と心からのサインです。「私、もう限界で、それが気持ちに出ている」とことばにするのは、失敗の告白ではなく、立てなおすための正直な最初の一歩です。
からっぽのコップからは注げない
多くの母親がつい目をそらしてしまう事実があります。自分の世話は、子どもの世話と別のものではない、ということです。休めていて、余力のある母親のほうが、自分を犠牲にして燃えつきた母親より、根気も、あたたかさも、子どもと向き合う力もあります。自分のケアは、すべてが終わってからごほうびにするものではなく、必要なことなのです。きちんとしたごはん、ひとりきりの10分、誰にも見られずに浴びるシャワー、助けをたのむこと。そんな小さな補給でも、子どものそばにいるための力が、静かにたくわえられていきます。
ハードルは、わざと下げる
疲れきっているときは、がんばる子育ての出番ではありません。くたびれているときほど、関わりは豪華にではなく、シンプルにしましょう。少ない元気でもそばにいられる方法をいくつか。
- ごろんと横になって、いっしょに絵本を読む。
- ソファでくっついて、並んで何かを見る。
- かんたんなお手伝いをしてもらいながら、おしゃべりする。
- 床に座って、子どもがリードする静かな遊びにつきあう。
関わるのに、ない元気はいりません。疲れたママが子どものとなりに横になって、そこにいて、あたたかい。それだけで本物の関わりです。疲れたときに子どもとつながりなおすには、多くの場合、もっとではなく、少なくすることが近道です。
助けを受けとる、たのむ
子育ては、もともとひとりで耐えぬく競技ではありません。ガス欠で走っているなら、荷物を分けるのは弱さではなく、かしこさです。パートナーにひとつの家事や育児をまるごとまかせて、横から口を出したり直したりしないこと。家族や友だちが申し出てくれた手助けは受けとる。お友だちの家での遊びのお誘い、園の送り迎えの交代、午後だけ孫を見たいという祖父母に、「お願いします」と言ってみましょう。手ばなした荷物の分だけ、子どもが本当に必要としている、ママのあたたかさと根気が戻ってきます。
自分のための小さな時間を守る
人間らしい気分に戻るのに、温泉旅行はいりません。もちろん、すすめられたら行ってください。多くの母親を支えるのは、小さくて、くり返せることです。お散歩、友だちとの電話、本を数ページ、細々と続けている趣味。ほんの少しでも自分だけの時間を守ることで、自分は母親であるだけでなく、ひとりの人でもあると思いだせます。その感覚が、子どもと向き合う力を静かに養ってくれます。こうした時間は、ぜいたくではなく、手入れだと思ってください。
「完璧な母親」の思いこみを手ばなす
母親の疲れの多くは、実在しない理想の母親像でいっそう重くなっています。いつも根気よく、いつもそばにいて、いつも楽しんでいる母親です。子どもに完璧さは必要ありません。子どもの発達について長く考えられてきたことは、「ほどよい母親」、つまりたいていはあたたかく、頼りになり、うまくいかなかったときにはやりなおせる母親こそが、子どもの育ちを支えると教えています。完璧という幻を手ばなすのは、基準を下げることではありません。罪悪感にむだづかいされていた力を、取りもどすことです。
疲れ以上のものに気づく
ふつうの疲れなら、休みと手助けで少しは軽くなります。でも、気分の落ちこみが変わらないときは、しっかり向き合うことが大切です。2週間以上、悲しい、不安、何も感じない、希望がもてない、子どもといても楽しめない状態が続く。眠れる機会があっても眠れない。もうやっていけないと感じる。こわい考えが浮かぶ。そんなときは、かかりつけ医、助産師、地域の保健師さんに話してください。産後うつや産後の不安はめずらしいものではなく、治療できます。助けを求めることは、子どものためにできる、いちばん愛情深いことのひとつです。ママには支えを受ける資格があり、ひとりではありません。
子どもとだけでなく、自分ともつながりなおす
母親が感じる心の距離は、ときに自分自身との距離でもあります。おむつと段取りと、ほかの誰かの用事の下にうもれてしまった自分です。好きなこと、友だち、自分の体、自分の休み。自分が誰なのかを取りもどすのは、子育てから気をそらすことではありません。子どもといる楽しさに戻る道の一部です。ひとりの人としての自分を感じられる母親は、家族のそばに、またちがった深さでいられます。
持っていてほしい安心
ひとつだけ持ち帰るなら、自分にもっとやさしくしていい、という許可にしてください。ママの元気と子どもの元気は、より合わさってつながっています。休めるときは休み、助けをたのみ、ハードルを下げ、あたたかくて不完全で、自分も大事にされている母親こそが子どもに必要なのだと信じてください。自分のコップを満たすことは、子どもから何かをうばうことではありません。与えつづけるための方法なのです。
ポイント: からっぽのコップからは注げません。休み、助けを受けとり、ハードルを下げましょう。自分を大事にすることも、子どもを大事にすることの一部です。